見つめる周辺
今朝も、夜の間に作られた蜘蛛の巣に引っかかる。蜘蛛の巣の成り立ちを観察して一晩の仕業に感心する。
私の住まいはクヌギ林の中にあります。この場所に住み始めてもう十二年になりますが、自然の変化の中に身を置いた生活は飽きることがありません。クヌギの幹と枝の構造、そこに集まる虫たち、日の光と広がる葉、それらは密接に絡みあって、小さい世界から、より大きな世界へと繋がっています。皮や皮膚を隔てた内側に目を転じれば、幹の中の働き、虫や動物の様々な器官、それらを支える細胞の構成や更新へと、微視的な宇宙へも広がっていることが想像できます。
ここ二年ほど、私の興味は、実際には目にすることのない微細な世界へと広がっています。想像の顕微鏡を使って、内部の成り立ち、細胞の分化や成長に目を向けることは楽しいことです。変化する過程の一場面を切り取ると形はどんなものになるのか。それをどう現実の「焼きもので作る形」と向かい合わせることが出来るのか。小さなマケットから始めて制作を開始したのです。
底を作り、粘土を下から順に外側を輪積みしていく事と平行して、内部の壁を立ち上げる仕事も続けます。焼き物は、大きさに限らず、中は空洞です。各室の一個はそれぞれ壁を持ち、空洞になっています。組みあがれば見えなくなる壁の存在は、焼き物の性質上なくてはならないものです。一つは乾燥収縮に耐えうるように、一つは焼成に、そしてもう一つは焼成後にそれぞれを合わせる際に重要になってきます。そして、これは大きな一体を形成するための小さな一個として、出来上がった形全体と結びついています。
手に取ることの出来ないもの、刻々と変わり行くものの姿を頭の中に巡らしながら、柔らかい粘土をそのあるかたちに積み上げていきます。まだ見えないかたちを下から上へ、現実の形にしていきます。作り始めて暫らくすると、最初の輪積みの部分はもう硬くなり始めます。今日の一段は明日の一段のゆくえを決定していくのです。戻ることはできない。毎日現れる現実の素材の変化と形態は、頭の中のあるかたちに揺さぶりをかけて来ます。暫し手を止め、再び作り進むのです。この繰り返しは出来上がった作品に手跡と、揺らぎを残していくようです。その揺らぎそのものが私の姿なのかもしれません。
中井川 由季
エキジビションスペース 東京国際フォーラム 2003